古い投稿文その1

2014年7月に投稿せずにPCに埋もれていたものです。

*前提として、今は閉鎖したブログに投稿しようと思ってたものです。

当時のままの文面です。8マンについてです。

 

前回、今マイブームだよ~って言ったけど、どっぷりハマってる。

漫画本は完全版を購入した。小説も関連図書も購入。

OVAエイトマンアフターもじっくりみた。

 

でもエイトマンアフターで、何故東八郎の記憶を消去しているのか

イマイチ理解できなかったんだけど、その小説版(永遠の肉体)を読んで、

理由づけとしては確かに辻褄が合うのだけど、ん??みたいな。

小説版のアフターは東八郎のエイトマンには

自動制御装置が取り付けてあった設定になってる。

それが原因で精神の混乱を引き起こしたと・・・・

 

ビデオ版はエイトマンを制御できなかったと言ってるし。

この時点でまだ漫画版の最終回を見てなくて何と言えなくて

それより明るくて優しくて正義感あふれるエイトマンがお気に入りでした。

だから、アフターのエイトマンにちょっと違和感があった。

ちと重くないかい?みたいな。

 

だけど最終回のリライト版とその原作(平井和正氏の文書)を読んだら、

時々弱音を言ったりしながらも無茶をしてボロボロになりながら、

それでも正義を貫こうとする強い意志の持ち主のイメージが消え、

エイトマンではなく東八郎が自分の置かれてる状況に苦しみ

慟哭し傷つき悶えながら血の涙を流し続けていたように感じた。

 

彼は刑事と言う職業意識と使命感だけが自分の存在理由だったと言ってる。

私怨で動いたら自我の崩壊だとも。

おそらく毎日が今にも切れそうな細い絹糸を極限まで張りつめ、

その上を渡っている状態だったんではなかったかと。

唯一、探偵事務所でさち子さんと一郎君といる時が人間でいられるような、

ほんの少しだけ糸を緩められる場所だったのかなと。

しかし最終回で無残にもその居場所も失ってしまった。

・・・・・・こっちのがもっと重かった。

 

自分なりに考えてみた。

東八郎はエイトマンとして生き返った時何を思っただろうか?

喜んではいなかったと思うのだが、

そこには漫画では触れていないので何も言えない。

 

彼は非常にやさしい心の持ち主なので、

怒りに我を忘れて行動する事はなかったように思う。

加えて職業意識、使命感が存在理由と言う強い自己制御があり、

スーパーロボットとしてのエイトマンを暴走させなかった。

 

でも心のよりどころを失ったままでの活動では、

機械にもなりきれず人間にも戻れずどんなにか苦しかっただろう。

最終回で既に存在理由を見失いかけてるぐらいだから。

だから精神的に限界が来て耐え切れずに記憶の消去を申し出た。

 

ビデオ版の制御しきれなかったと言うのは、

エイトマンの殺戮能力の暴走という意味でなく、

漫画の中で何度もたまらなくつらいと言ってる、

自分がロボットであると言う事の嫌悪感が消えず、

最終的に拒否反応が出て調子が狂い始め、

思うように動けなくなった。

と言う事かもしれないと思うのはおかしいかな?

 

東エイトマンにしろアフターのエイトマンにしろ

自分の意志で蘇ったのではないから、

色々あるだろうけどこれを書いてて思い出した本がある。

 

レース中の多重クラッシュで全身に重症熱傷を負った

太田哲也氏著の「クラッシュ」と言う本です。

その中に非常に重い言葉がある。

 

>本当に助けてしまっていいの?本人は喜ばないかもしれないよ。

>彼にはその後の人生があるのだからよく考えてあげて。

 

もしも、両者に選択する意思がありそれが尊重されたら

それでも彼等はエイトマンになっただろうか?

自分だったら・・・・・辞退する。

*先程見つけた時に、

どこの記事を引っ張ってきたんだと思った。

自分が書いていたと気付くのに3回も読まないと気付かなかった。

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